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年次有給休暇の賃金算定方法の見直しとは?
2025年1月、厚生労働省の「労働基準関係法制研究会」が、今後の労働基準法改正に向けた報告書を公表しました。この中で、企業の労務管理に大きな影響を与える項目として注目されているのが、年次有給休暇を取得した際の賃金算定方法の見直しです。
参考: 労働基準関係法制研究会報告書
現在、企業は有給休暇の賃金を「平均賃金」「通常の賃金」「標準報酬日額」の3つから選択できますが、今回の報告書では、これを原則として「通常の賃金」に一本化する方向性が示されました。
政府はこの報告書に基づき、2026年の通常国会への改正法案提出を検討していましたが、提出は見送られる方針となりました。そのため具体的な施行時期は未定ですが、改正内容が白紙になったわけではなく、今後の動向が注目されます。
なぜ今、賃金算定方法が見直されるのか?その背景を解説

今回の見直しの背景には、働き方の多様化に伴い、現行の算定方法が一部の労働者にとって不利益になっているという課題があります。特に、パート・アルバイトなどの非正規雇用労働者において、有給休暇を取得することでかえって収入が減ってしまうケースが問題視されています。
現行の3つの算定方法:「平均賃金」「通常の賃金」「標準報酬日額」
現在、労働基準法で認められている有給休暇の賃金算定方法は以下の3つです。企業は就業規則で定めることにより、いずれかの方法を選択することができます。
- 平均賃金:直近3ヶ月の賃金総額を暦日数で割って算出する方法。
- 通常の賃金:所定労働時間働いた場合に支払われる賃金(時給×所定労働時間など)。
- 標準報酬日額:健康保険の標準報酬月額を30で割った額(労使協定が必要)。
パート・アルバイトの不利益につながる「平均賃金」の課題
3つの方法のうち「平均賃金」を採用している場合、週の労働日数が少ないパート・アルバイト従業員に不利益が生じることがあります。平均賃金は原則として「過去3ヶ月の賃金総額÷暦日数」で計算されるため、休日が多いシフト制の従業員の場合、実際に働いた日(通常の賃金)よりも1日あたりの支給額が低くなる傾向があります。
例えば、時給制の従業員が有給休暇を取得した際、平均賃金で計算すると本来の時給換算額の6割〜7割程度に目減りしてしまうケースも珍しくありません。これが「有給を取ると損をする」という意識につながり、取得率向上の妨げとなっていることが、今回の法改正議論の出発点となっています。
【検討中】年次有給休暇の賃金算定方法の変更点
労働基準関係法制研究会の報告書で示された変更案は、これまでの複雑な選択制を廃止し、労働者にとって最も分かりやすく公平な形に統一しようとするものです。具体的にどのような変更が予定されているのかを見ていきましょう。
原則「通常の賃金」へ一本化
改正案の核心は、有給休暇の賃金算定を原則として「所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金」に一本化することです。これにより、時給制や日給制の労働者であっても、有給休暇を取得した日は「通常通り出勤して働いた」とみなされ、同じ金額の賃金が支払われることになります。
この変更により、計算方法による支給額の格差が解消され、労働者は収入減を気にすることなく安心して有給休暇を取得できるようになります。
「平均賃金」は廃止、「標準報酬日額」は労使協定を条件に存続
一本化に伴い、不利益の原因となっていた「平均賃金」による算定方法は、原則として廃止される方向で議論が進んでいます。これにより、企業が恣意的にコストの低い計算方法を選択することはできなくなります。
一方、「標準報酬日額」については、健康保険の等級に基づく定額管理が可能であるため、労使協定の締結を条件に例外的に存続させる可能性も残されています。ただし、報告書の基調はあくまで「通常の賃金」への原則化であり、例外が認められる範囲は限定的になることが予想されます。
賃金算定方法の変更で企業が受ける3つの影響と注意点
この法改正案が実現した場合、これまで「平均賃金」を採用していた企業にとっては、実務やコスト面で大きな影響が生じます。主な影響と注意点を3つのポイントで整理します。
人件費への影響とシミュレーションの必要性
最も直接的な影響は人件費の増加です。これまで平均賃金(実質6〜7割支給)で計算していた企業が通常の賃金(10割支給)に切り替えた場合、有給休暇1日あたりの支払額が増加します。特にパート・アルバイトを多数雇用している企業では、年間の総人件費に無視できないインパクトを与える可能性があるため、早急なシミュレーションが必要です。
就業規則の変更と「不利益変更」のリスク
算定方法の変更に伴い、就業規則(賃金規程)の改定が必須となります。基本的には従業員にとって有利な変更となるため、労働契約法上の「不利益変更」には当たりにくいと考えられますが、歩合給の割合が高い職種など、計算方法によっては支給額が変わるケースも想定されます。規程変更の際は、変更内容を従業員に丁寧に説明し、理解を得るプロセスが重要です。
給与計算プロセスの見直しとシステム対応
実務面では、給与計算システムの再設定が必要になります。多くのシステムでは「平均賃金」を自動算出する機能がありますが、これを「所定労働時間×時給」や「日給」をそのまま支給する設定に切り替える必要があります。また、シフト制で日によって所定労働時間が異なる場合、勤怠管理システムと連携して「有給取得日の所定労働時間」を正確に把握する仕組みも求められます。
法改正に向けて企業が今から準備すべき3つのステップ

将来の法改正を見据え、企業は今のうちから準備を進めておくことが賢明です。直前になって慌てないために、以下の3つのステップで対応を進めましょう。
Step1:自社の算定方法の確認と影響額の試算
まず、現在の就業規則を確認し、自社がどの算定方法を採用しているかを把握してください。「平均賃金」を採用している場合は、直近1年間の有給取得実績をもとに、「通常の賃金」に変更した場合の差額を試算します。これにより、法改正後のコスト増を予測し、予算計画に反映させることができます。
Step2:就業規則・賃金規程の改定と従業員への周知
法改正の動向を注視しつつ、就業規則の改定案を準備します。正式に改正法が成立した段階で速やかに改定を行い、従業員への周知を行う必要があります。
この際、「法改正だから仕方なく変える」のではなく、「より安心して有給が取れるようになる」というポジティブなメッセージとして伝えることで、従業員満足度の向上につなげることができます。
Step3:給与計算システムの確認とベンダーへの問合せ
利用している給与計算システムや勤怠管理システムのベンダーに対し、法改正への対応状況を確認しましょう。特にクラウド型システムを利用している場合は、自動アップデートで対応されることが多いですが、自社独自の設定変更が必要になる場合もあります。早めにサポート窓口に問い合わせ、必要な対応をリストアップしておきましょう。
まとめ:年次有給休暇の賃金算定方法の変更を公正な職場づくりの契機に
将来的に検討されている年次有給休暇の賃金算定方法の変更は、企業にとってはコスト増や事務負担の増加となる側面があります。しかし、これは同時に、正規・非正規を問わず全ての従業員が公平に休暇を取得できる環境を整えるチャンスでもあります。
「通常の賃金」への一本化は、従業員の納得感を高め、働きやすい職場づくりに直結します。法改正への対応を単なる義務と捉えず、企業の信頼性を高めるための前向きな投資として捉え、計画的に準備を進めていきましょう。









