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「ジョブ型人事制度」は日本企業に必要か?

「ウィズコロナ」の時代に入り、「ジョブ型雇用」「ジョブ型人事制度」というキーワードをよく耳にするようになりました。なぜ「ジョブ型人事制度」が脚光を浴びているのか?その意義はどこにあるのか?を解説します。

目次

テレワーク拡大により見えてきた問題

コロナ対応として、ほとんどの会社がぶっつけ本番でテレワークに突入し、その中で見えてきた問題としてトップに挙げられるのが、「職務内容が明確に定義されていないため、その進捗管理が思うようにできない」という点です。オフィス内で対面で仕事を進める分には、臨機応変に仕事を組み替えたり、状況に応じて指示を変更したりできますが、テレワークでは、「職務内容」→「基本的な職務プロセス」→「求める成果」が明確に定義・共有されていないと、「本当に仕事が進んでいるのか?」が、本人にも会社(上司)にも見えてきません。

そこで、「職務記述書(ジョブディスクリプション)」をもとに雇用し、評価処遇を行う「ジョブ型人事制度」の良さや必要性が、にわかに叫ばれています。職務の細かい点まで都度都度指示を受けて、というのではなく、「自主的に」一人ひとりが職務を遂行するために、まずは職務に対する一定の共有理解が必要となるのです。

「同一労働同一賃金」

コロナが無ければ、今年の最重要労務キーワードであったであろう「同一労働同一賃金」も、「ジョブ型人事制度」につながる要素です。法定のきっかけとしては、「正規雇用と非正規雇用の格差解消」の意味合いが強かったのですが、そもそも「同一労働とは何か?」を定義付けし、それに応じた「同一賃金」を説明する賃金制度を設計するわけですので、それ自体が「ジョブ型人事制度」となります。

日本の生産性低下により迫られる制度改革

「日本の生産性低下」と表すると語弊がありますが、正確には「他国と比べて生産性向上率が低く、国際的にみて相対的な地位低下を招いている」のが実態です。ほぼ平成年間にわたり、一人当たりGDPのランキングは低下を続け、1992年:3位だったのが、2018年:26位まで低下しています。

さらに、今後の予測においても悲観的な材料が出そろっており、世界に類のない「人口減少&少子高齢化のダブルパンチ」により、最大の経済成長要因である「人口ボーナス」においては、重いハンデを背負っています。また、社会保障においても、少子高齢化社会において現役世代がさらに重い負担を負うことになり、すでに多くの方が実感しているように、「昇給しても社会保険料に取られて手取りは増えない」という状況が続きます。

一方、これまで日本人にとって耳障りが良かった「日本的組織運営の良さ・強さ」が、一時は「ジャパンアズナンバーワン」とされ世界的に高い評価を受けましたが、それもいまや40年前の話であり、その後の日本の凋落ぶりを突きつけられれば、世界的にみて日本企業の組織運営は全く通用していないのが明らかになっています。

日本的組織運営の代名詞とされる「終身雇用・年功序列」というのが、「ジョブ型雇用」の反対概念とされる「メンバーシップ型雇用」とほぼ同義です。つまり、「一度入社した社員は、長期間にわたる雇用・ゼネラリストとしての育成を前提とし、給与は一定の年功カーブに沿って運用される」という形態です。特に、日本産業の強みとされる「製造業」において高度成長期のエンジンとして機能し、「ジャパンアズナンバーワン」の評価につながったのは前述の通りです。

しかしその一方で、この「メンバーシップ型雇用」が、産業構造の変革を阻害したり、日本企業の競争力低下を招いた面もあります。例えば、いわゆる「ものづくり企業」においては、「社内におけるすり合わせ作業においてモノを改善していく」のが得意技ですが、そういった「社内でモノを作る人たち」の長期雇用を前提としていると、「社外でモノを作ってもらう」とか「自社は企画やソフト開発に徹する」といった事業戦略上の意思決定はしにくくなります。よく例に挙げられる「ソニーウォークマン→アップルipod」への主役交代や、「トヨタとテスラの株式時価総額の逆転」なども、この側面から見ると理解できます(注.逆にソニーの最近の変革ぶりも参考になります)。

よく、「メンバーシップ型」vs「ジョブ型」の議論の中で、「日本企業にとってなじみやすい・導入しやすい」とか、「日本企業の良さを生かすために。。。」という視点で話をされる場合がありますが、上記のような日本の現状や将来を正確に理解・予測するならば、おのずと方向性は見えるはずだと思います。

「ジョブ型」にするのなら、「人材教育」こそが一丁目一番地

日本企業が「ジョブ型」に舵を切ったときに、まず必要となるのが「専門技能教育」です。そこで、その「専門技能教育」が社会的に成功し、「ジョブ型雇用」が浸透しているお手本の国としてドイツがよく取り上げられています。

一部には、「ドイツの場合は、学生時代からの職能別教育の仕組みとセットでのジョブ型雇用の仕組みができているため、それがない日本では一企業ではどうこうできない」という議論も聞かれますが、私はそうは思いません。そもそも日本企業は社員の「教育投資」自体をほとんど行っておらず、日本企業のOff-JTに対する社員一人あたりの投資額は、主要先進国では昔から最低レベルであることは、割と有名な話です。

これまでは、現場のOJTを通じて「勝手に育ってくれるのを期待する」会社が多かったわけですが、せめて国際的に見て「普通」レベルでの教育投資・教育体制構築を行えば、人材育成効果を出せる余地はいくらでもあるはずです。

「大企業」と「中小企業」の置かれた環境の違い

日本の大企業(トラディショナル企業)において、これからジョブ型人事制度に移行していく道のりは、なかなか前途多難です。なんせ、「メンバーシップ型雇用」が長期間に亘って沁みついてしまってますので。日立製作所など、ジョブ型への変革が報じられている企業も、別に最近になって舵を切ったのでなく、もう10年も前から徐々に変革を進めているからやっと進んできているわけです。

しかし、「世界との競争(ビジネス・人材獲得の両面で)」にさらされている企業にとっては、ジョブ型人事制度への移行は待ったなしの状況でしょう。従業員規模で例えば300名を超えるような中堅企業であれば、職種ごとの専門性を高めていけるだけの組織・人員ボリュームがありますので、ジョブ型に切り替えていくべきです。

一方で、多くの中小企業においては、「一人二役三役」がこなせるゼネラリストこそが頼れる人材、というのが実態でしょうから、ジョブ型人事制度というのは大企業よりもなおさら遠い(現実的でない)と言えます。冒頭で述べた「テレワークならジョブ型」という話もありますが、それ自体は評価制度上の工夫や、上司部下間のコミュニケーションによりいくらでもクリアできる話ですので、「ジョブ型人事制度でなければダメ」という話にもなりえません。

「職務定義書を明確に」と言っても、それを適用する人数を考えれば、作成作業コストはペイしませんし、「私はこの職務しかしません」という話になればお手上げです。

中小企業における現実的な落としどころとしては、「役割等級(ミッショングレード)」をベースに格付けしながら、目標管理やOKRでの進捗サポートを行うことに、力点を置くべきでしょう。あとは、労働市場における職務(職種)ごとの給与相場がありますので、市場価値に合わせた職務ごとの給与水準設定も、これからの人材獲得を目指すのなら必要になってきます。本来のジョブ型人事制度からは後退した「なんちゃってジョブ型制度」といったところですが、中小企業においてはまずはここから取り組みましょう。

多くの会社で人事制度の運用や導入がうまく進まない中、コロナの影響により「大企業」「中小企業」それぞれで進むべき道がはっきりしてきたと言えるかもしれません。

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