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労働時間の定義見直しはなぜ必要?法改正が見送られた背景と企業の現在地
2025年1月、厚生労働省の「労働基準関係法制研究会」は、今後の労働基準法改正に向けた報告書を公表しました。この報告書は、1947年の制定以来となる歴史的な見直しを含み、約40年ぶりともいわれる大規模な法改正の土台となるものです。
参考: 労働基準関係法制研究会報告書
今回の見直し議論が必要とされた背景には、以下の3つの大きな社会変化があります。
- 深刻な人手不足と長時間労働の是正:労働人口が減少する中で、過労死等の健康被害を防ぎ、持続可能な働き方を実現する必要性。
- 働き方の多様化:テレワークや副業・兼業など、従来の工場労働モデル(定時・定型業務)では対応しきれない働き方の拡大。
- 国際的な労働基準への対応:EU指令などで標準化されている「勤務間インターバル」などの休息確保ルールへの適応。
当初、厚生労働省は2026年の通常国会への法案提出、2027年頃の施行を目指して準備を進めていました。しかし、2025年末時点の報道によると、衆議院の解散や政権の方針転換(規制強化から緩和への再検討指示など)といった政治的な要因により、2026年の法案提出は見送られる公算が高まっています。
法改正のスケジュール自体は流動的になりましたが、「労働者の健康確保」や「多様な働き方への対応」という議論の方向性自体が変わったわけではありません。企業にとっては、法改正までの期間を「猶予期間」と捉え、報告書で示された論点に基づき、自社の労務管理体制を見直す準備期間とすることが賢明です。
【項目別】労働時間の定義見直しで議論中の主要ポイント
2025年1月に公表された報告書では、労働時間制度に関する具体的な見直し案が提示されました。これらは今後の法改正の骨子となる重要な項目です。
特に企業の実務に大きな影響を与えると予想されるのが、「連続勤務の制限」「休息時間の確保」「柔軟な働き方の管理」に関する以下の7つのポイントです。それぞれの詳細と議論の方向性を解説します。
13日を超える連続勤務の禁止

現行の労働基準法では「4週間を通じて4日以上の休日を与える」という変形休日制が認められています。この制度を極端に運用すると、最初の4日間を休日にし、続く4週間後の最後の4日間を休日にすることで、理論上は最大48日間の連続勤務が可能となる、法の抜け穴が存在しました。
今回の見直しでは、労働者の健康確保の観点からこの問題を解消するため、「14日以上の連続勤務を禁止する(連続勤務は最大13日まで)」という新たな規制を設ける方向で議論が進んでいます。具体的には、4週4休の特例を見直し、「2週間に2日の休日」を確保するよう求める案などが検討されています。
法定休日の事前特定義務化
現行法では、週1回の「法定休日」を具体的にどの日(何曜日)にするかまでを特定する義務はありません。しかし、法定休日に働いた場合(1.35倍)と、それ以外の休日(所定休日)に働いた場合(1.25倍)では割増賃金率が異なるため、事後的に「どの日が法定休日だったか」を巡ってトラブルになるケースがありました。
見直し案では、労働者の予見可能性を高め、割増賃金計算のトラブルを防ぐために、就業規則やシフト表などで法定休日を事前に特定することを義務付ける方向性が示されています。シフト制の職場では、個々のシフト表において法定休日を明示する対応が求められる可能性があります。
勤務間インターバル制度の義務化(原則11時間)
勤務間インターバル制度とは、終業時刻から翌日の始業時刻までの間に、一定時間の休息(インターバル)を確保する仕組みです。EU諸国では既に義務化されていますが、日本では現行法上「努力義務」にとどまっています。
報告書では、過労死防止と睡眠時間の確保を目的として、この制度を「原則として11時間のインターバル確保」を義務化する方向で提言しています。ただし、医療や運送など業務の特性上、直ちに対応が困難な業種については、特例措置や段階的な適用を設けるなどの配慮も検討されています。
副業・兼業における労働時間通算ルールの見直し
現行ルールでは、本業と副業の労働時間を通算して法定労働時間を超えた場合、後から契約した企業が割増賃金を支払う義務を負います。この複雑な管理負担が、企業が副業を解禁する際の大きな障壁となっていました。
今回の見直しでは、副業を促進するため、「割増賃金の算定における労働時間の通算を廃止し、各企業が自社での労働時間に基づいて割増賃金を支払う」という方向で議論されています。一方で、過重労働を防ぐための「健康管理(労働時間の把握)」については、引き続き通算して管理する仕組みが維持される見通しです。
週44時間労働の特例措置の廃止
現在、商業、映画・演劇業、保健衛生業、接客娯楽業で、常時使用する労働者が10人未満の事業場については、法定労働時間を週44時間とする特例が認められています。
しかし、労働者の健康確保と公平性の観点から、この特例措置を廃止し、原則通り「週40時間」に統一する方向で議論が進んでいます。廃止された場合、対象となる小規模事業場では、単純計算で月に約16〜20時間の労働時間削減や、新たなシフト調整が必要となります。影響の大きさから、段階的な廃止や経過措置が設けられる可能性もあります。
テレワーク時の新たな「みなし労働時間制」の導入
テレワークの普及に伴い、自宅での厳密な労働時間管理がプライバシー侵害につながる懸念や、実態に合わないという課題が生じています。現行の「事業場外みなし労働時間制」は要件が厳しく、適用が難しいのが現状です。
そこで、「在宅勤務に限定」し、「本人の同意」や「健康確保措置(医師面接や健康管理時間の把握)」を条件として、実労働時間に関わらず一定時間を働いたとみなす新しい制度の導入が検討されています。これにより、成果中心の柔軟な働き方がしやすくなる一方で、長時間労働の温床にならないよう厳格な運用ルールがあわせて議論されています。
「つながらない権利」のガイドライン策定
勤務時間外や休日に、上司や取引先からのメール・電話への対応を拒否できる「つながらない権利」について、法制化の是非が議論されました。
報告書では、直ちに法律で義務化することは見送られましたが、労使での話し合いを促すためのガイドラインを策定する方向性が示されました。企業は今後、ガイドラインに基づき、「休日の連絡は緊急時のみとする」「深夜のメール送信を控える」といった社内ルールの整備を求められることになります。
労働時間の見直しに備え、企業が今すぐ着手すべき実務対応

法改正の施行時期は不透明ですが、議論の方向性が「健康確保」と「厳格な管理」に向かっていることは間違いありません。施行直前に慌てることのないよう、企業が今から着手できる実務対応を紹介します。
就業規則・36協定の見直しと変更点の洗い出し
まずは自社の就業規則を確認し、改正案に対応できていない箇所を洗い出しましょう。特に以下の点は確認が必須です。
- 休日規定:「4週4休」の変形休日制を採用している場合、連続勤務が13日を超えない運用になっているか。
- 法定休日の特定:就業規則で「毎週日曜」などと特定されているか、あるいはシフト表で明示する運用になっているか。
- インターバル:休息時間が11時間未満になるようなシフト(遅番の翌日の早番など)が存在しないか。
勤怠管理・給与計算システムの改修準備とDX化の検討
新しいルールに対応するには、手書きやExcelでの管理では限界があります。特に「勤務間インターバル」の管理や、副業者の「健康管理時間」の把握は、システムによる自動化が不可欠です。
現在使用している勤怠管理システムが、インターバル時間の集計やアラート機能に対応しているかを確認しましょう。また、副業の割増賃金通算が見直された場合、給与計算システムの設定変更も必要になります。ベンダーからのアップデート情報に注視し、これを機にDX化による業務効率化を検討するのもよいでしょう。
新しいルールに関する従業員への周知・教育体制の整備
制度を変えるだけでなく、現場の意識改革も重要です。特に管理職に対しては、「部下に連続勤務をさせない」「勤務時間外の連絡を控える(法制化に向け議論中の「つながらない権利」への配慮)」といったマネジメント教育が必要になります。
また、従業員に対しても、自身の健康を守るためにインターバルを確保することの重要性や、副業時の申告ルールなどを周知し、理解を得ておくことがスムーズな移行の鍵となります。
社会保険労務士など専門家への相談
今回の法改正議論は多岐にわたるうえ、政治情勢によってスケジュールが変動する可能性があります。誤った情報に基づいて対応してしまうリスクを避けるためにも、社会保険労務士などの専門家と連携し、最新かつ正確な情報を入手できる体制を整えておくことをおすすめします。
労働時間の見直しを、働きがいを高める攻めの労務管理へ
労働時間の定義見直しは、単なる「法規制への対応」という守りの側面だけではありません。連続勤務の是正やインターバルの確保は、従業員の心身の健康を守り、パフォーマンスを最大化させるための「攻めの労務管理」につながります。
法改正の正式な決定を待つことなく、今のうちから自社の働き方を見直し、従業員が健やかに成長できる環境を整えていくことが、結果として企業の持続的な成長に寄与するはずです。









