
目次
在職老齢年金とは?制度の基本と対象者
在職老齢年金とは、60歳以上の人が働きながら老齢厚生年金を受給できる制度のことです。一定の基準額を超えた収入がある場合、年金の一部または全部が支給停止される仕組みになっています。
この制度の対象となるのは、老齢厚生年金を受給しており、かつ厚生年金保険の被保険者として働いている人です。70歳以上であっても厚生年金適用事業所に勤務している場合は対象となります。
一方で、自営業やフリーランスなど、厚生年金に加入せずに働いている人はこの制度の対象外です。まずは自社の従業員が対象になるかどうかを正しく把握することが重要です。
働きながら受給する老齢厚生年金が調整される仕組み
働きながら受け取る賃金と年金の合計額が一定の基準額(支給停止調整額)を超えた場合、超えた分の半額が年金から支給停止されます。これは、一定以上の収入がある高齢者には、年金制度を支える側に回ってもらうという考え方に基づいています。
納めた保険料に応じた給付を受けられる社会保険の仕組みの中では、例外的な調整措置と言えます。支給停止の対象となるのは老齢厚生年金のみである点に注意が必要です。
支給停止の対象となる収入と年金の種類
支給停止の対象となる年金は、老齢厚生年金(報酬比例部分)に限定されています。国民年金から支給される老齢基礎年金は調整の対象外であり、収入にかかわらず全額を受給することができます。
また、計算の対象となる収入は「総報酬月額相当額」と呼ばれ、その月の標準報酬月額(月給)と直近1年間の標準賞与額を12で割った額の合計です。不動産収入や株式の配当などの個人収入は調整対象外となります。
2026年4月の法改正内容:支給停止基準額が65万円へ引き上げ
2026年(令和8年)4月より、在職老齢年金の支給停止基準額が大幅に引き上げられました。これまで月額51万円だった基準額が、月額65万円へと変更されています。
この改正により、働きながら老齢厚生年金を全額受け取れるシニア層が大きく増加しました。企業にとっても、シニア人材の活用戦略を見直す重要な転換点となります。
改正の背景とシニア世代の就労促進という目的
平均寿命や健康寿命が延びる中、60歳以降も働き続けることを希望する高齢者が増えています。同時に、深刻化する人手不足を背景に、高齢者の知識や経験を社会に還元してほしいというニーズも高まってきました。
しかし、従来の制度では年金が減額されないように働く時間を抑える「就業調整」を行う人が多く、労働意欲を削ぐ原因となっていました。働きたい人がより働きやすいエイジレス社会を実現することが、今回の基準額引き上げの大きな目的です。
基準額の推移と65万円が適用されるスケジュール
在職老齢年金の支給停止基準額は、社会経済の変化に合わせて段階的に見直されてきました。2024年度は50万円、2025年度は51万円という基準で運用されていました。
その後、2025年に成立した年金制度改正法に基づき、2026年(令和8年)4月から新しい基準額である65万円が適用されています。このスケジュールに合わせて、企業側も給与計算や労務管理のアップデートが求められます。
在職老齢年金における支給停止額の計算方法

在職老齢年金の支給停止額は、老齢厚生年金の「基本月額」と、賃金を示す「総報酬月額相当額」を用いて計算されます。この2つの合計額が基準額を超えるかどうかが判定のポイントです。
基本月額は加給年金を除いた老齢厚生年金の年額を12で割ったものであり、総報酬月額相当額は月給と賞与を月割りした額の合計です。正確な金額はねんきん定期便や給与データから算出することができます。
2026年4月以降の新しい計算式
2026年4月以降は、基本月額と総報酬月額相当額の合計が65万円以下の場合は全額支給となります。合計額が65万円を超える場合は、以下の計算式で支給停止額が算出されます。
支給停止額(月額)=(基本月額 + 総報酬月額相当額 - 65万円)÷ 2というシンプルな計算式です。この式に当てはめることで、毎月いくら年金がカットされるのかを把握できます。
収入と年金額に応じた具体的なシミュレーション例
基本月額(年金)が10万円、総報酬月額相当額(賃金)が58万円の従業員を例に計算してみましょう。この場合、2つの合計額は68万円となり、基準額の65万円を3万円上回ります。
超過分である3万円を2で割った1.5万円が支給停止額となります。結果として、受け取れる老齢厚生年金は10万円から1.5万円を引いた8.5万円となります。
改正に伴い人事労務担当者が行うべき実務対応
支給停止基準額が65万円に引き上げられたことで、企業の人事労務担当者は速やかな実務対応を求められます。シニア従業員の働き方や給与計算に直接的な影響が出るためです。
特に、これまで年金減額を避けるために働き方をセーブしていた従業員へのフォローが重要になります。制度の変更内容を正しく伝え、今後の働き方の希望をヒアリングする体制を整えましょう。
対象となるシニア従業員の洗い出しと個別周知
まずは、60歳以上で老齢厚生年金を受給しながら働いている従業員をリストアップします。その上で、基準額が65万円に引き上げられたことで年金が全額受給できるようになる対象者を特定します。
対象者には、制度改正の内容を個別に周知することが大切です。労働時間を増やしても年金がカットされにくくなった事実を丁寧に説明し、安心感を与えましょう。
標準報酬月額の確認と給与計算への影響
在職老齢年金の計算には、社会保険の標準報酬月額と標準賞与額が用いられます。従業員が労働時間を増やして賃金が変更された場合、標準報酬月額の改定(随時改定)には3ヶ月の期間を要します。
そのため、実際の賃金変更と年金の調整計算が切り替わるタイミングにはズレが生じることに注意が必要です。給与計算システムの設定を見直し、標準報酬月額の管理を正確に行うことが求められます。
法改正を機に進めるシニア向け人事制度の見直し

今回の法改正は、企業がシニア向けの人事制度を抜本的に見直す絶好の機会となります。基準額の引き上げにより、シニア人材の活用における大きな制約が取り払われたからです。
これまでの「定年後は補助的な業務で給与を抑える」という画一的なアプローチから脱却する必要があります。意欲と能力のあるシニアが第一線で活躍できる制度設計へとシフトしていきましょう。
「年金の壁」を意識した就業調整からの脱却
これまで多くのシニア従業員は、年金が減ることを恐れて労働時間や日数を抑える「就業調整」を行っていました。しかし、基準額が65万円になったことで、この「年金の壁」を気にする必要が大幅に減りました。
企業側は、フルタイム勤務や責任あるポジションでの活躍を積極的に促すことができます。就業調整からの脱却は、企業の人手不足解消やスキル継承に直結する大きなメリットをもたらします。
再雇用制度における評価基準と賃金体系の最適化
年金減額のリスクが低下したことで、企業はシニア従業員に対して成果や役割に応じた適切な賃金を設定しやすくなりました。これまでの年金受給を前提とした低賃金な再雇用制度は見直す時期にきています。
シニア層のモチベーションを維持・向上させるため、現役世代と同様に貢献度を正当に評価する賃金体系を再構築することが重要です。透明性の高い評価基準を設け、納得感のある処遇を実現しましょう。
在職老齢年金の改正を理解し多様な働き方を推進しよう
2026年4月の在職老齢年金制度の改正は、シニア世代の働き方と企業の労務管理に大きな変革をもたらします。厚生労働省の審議会で検討されている基準額の62万円への引き上げ案は、働く意欲のある高齢者にとって非常にポジティブなニュースです。
企業はこの制度改正を正しく理解し、シニア人材が能力を最大限に発揮できる環境を整える必要があります。年齢にとらわれない多様な働き方を推進し、企業の持続的な成長へと繋げていきましょう。









